大紀町柏崎の『大皇神社』は、第五十五代文徳天皇皇子『惟喬親王(これたかしんのう)』をお祀りします。
拝殿正面に燦然と輝く菊花御紋が主祭神の高貴さを物語ります。
惟喬親王は第一皇子で本来皇位を継承すべき人物でしたが、例によって藤原氏の陰謀により皇位は藤原の血を引く第四皇子の義弟惟仁親王に源氏の祖清和天皇です。西暦858年のことです。

惟喬親王は討手を逃れ御在所岳西麓の近江国君ヶ畑へ、そこで小椋中納言実秀郷ら忠臣に護られ土地の人々に刳り物を教え伝え木地師の祖として君ヶ畑の大皇木地祖神社に祀られます。
承久二年(1220年)小椋助之丞以下子孫らは飯南郡川俣谷を越えてここ柏崎に大皇神社を勧請し安住の地を求めます。
現在大紀町に多くある小倉姓はこの木地師の末裔といわれます。
木地師は朱雀天皇の綸旨を以って全国どの山も八合目以上は伐採お構いなしとされる刳り物集団で紀州の山深く諸処に伝説を残しております。