第29回「サルシカ隊長レポート」2012年3月

いよいよ関宿2軒目の宿。
この日、写真師マツバラとワタクシのふたりが本当にお世話になる宿である。
その名は「旅人宿 石垣屋」。
まさに旅人のための、旅人による宿であった。

ワレワレが外を歩きだすと、ハラハラと雪が落ちてくる。
まことにもって意地の悪い雪であった。

いよいよ、この日実際に泊めさせていただく宿を訪ねることにした。
関宿のメイン通りの中ほどにある「旅人宿 石垣屋」。
寒いので慌てて中に駆け込もうとすると、写真師マツバラが「ダメ!」と言う。

「どんどん天気悪くなってきそうだから先に外観撮るから! 隊長もいっしょに写るの!!」

まったく。
今回の旅は、雪もカメラマンも意地悪なのだ。

石垣屋の前で、ガラスを覗き込んだり、ニカニカ笑ったり、ドアを開けるフリなどして撮影していると、宿の中から三味線のような音が聞こえてくる。
雪の関宿にひびく三味線の音。
雰囲気がありすぎだ。
が、あとで知ったのだが、三味線だと思っていた音は、沖縄の民族楽器の三線であった。

この石垣屋さんの宿泊システムはいたってシンプルである。
素泊まり2500円。
寝袋で眠ればコレ以上の金額はかからない。
布団を借りる場合はプラス1000円。
3500円となる。

中へと入ると、広い土間で作務衣を来た若い男性が、女性に三線を教えていた。
どうやら三線の教室みたいなのをやっているらしい。

「もうすぐ終わるんで、ちょっと待っててください」

男性は人懐っこい笑顔を向けて、ワレワレを奥の方へとうながした。
土間は驚くほど温かった。
奥のほうで薪ストーブを炊いているらしい。
こぼれでた煙の匂いが少しした。

若い人がやっている旅の宿(ゲストハウス)だと聞いていたので、もっと自己主張のある宿をイメージしていた。
しかしここは関宿の昔のままの姿を留めている。
しかも清潔に。

三線教室を終えた先ほどの男性・・・石垣屋のご主人の堤卓哉さんと改めて挨拶を交わしたあと、さっそく宿を案内していただくことに。
中に入ってすぐのところにある「レントゲン室」は、漫画図書館であった(笑)。

「ここは築120年ほどの建物で、もともと肥料屋さんだったらしいんですよ。
 立派な家ですよねぇ。
 まさかこんな家が借りられるとは思ってもいませんでしたしね、いやあ縁というのは面白いですねぇ・・・」

そう笑う堤さんが、ここで宿をはじめたのは3年前。
自分たちが暮らすべきところを求めて、奥さんと旅をしていて、この関宿に立ち寄った際、この家のオーナーとたまたま知り合いになったという。

「なんかすっごく私のこと気に入ってもらったらしく、会って1時間もしないうちにこの家を借りないかっていう話になって。
 でもさすがにその場では返事ができなったですね。
 北海道まで旅して戻ってきて、やっぱりココかな・・・ココならできるかなってことで改めてお願いに行ったんです・・・」

なんともすごい出会いというか縁である。
が、運命というものはこういうものなのだな。

土間の奥へと案内していただくと、壁に本棚のようなものが設えられ、そこにずらりとお酒が並んでいる。
日本酒、焼酎、ワイン、なんでもござれ、である。
なんと、これらのお酒は宿泊客は自由に呑んでいいのだという。
もちろん無料。
ワタクシは急激にソワソワし、コーフン状態へとなっていくのであった。
わずか2500円の宿でお酒飲み放題って、そんなんありかいな、え、おい、コラ、ホンマに!! 

「実はね、これらのお酒はすべてお客さんが置いてってくれたものなんですよ。
 自由に呑んでもらってかまいません。
 でも面白いもので、みなさんお酒を呑んだ人は、次に来たときに差し入れを持ってきてくれるか、また地元のお酒を送り届けてくれたりします。
 だから全然お酒がなくなることがないんですよ(笑)」

なんと素晴らしいシステムであろうか。
まさに旅人たちの気持ちのつながりが、このお酒たちなのだ。
そしてまたこの酒を飲み交わし、旅人同士がつながっていくのだ。

こちらは談話室。
宿泊客たちが集い、語らい、そして酒を飲み交わすところである。
いま、ここはほとんどお客さんが切れることがない人気の宿になりつつある。
そして堤さんは無類の酒好きである。
もう連日連夜、ここで酒を飲んでいるという。

こちらはその奥の客間。
ここは男女別の相部屋である。
実際この日も、写真師のマツバラとワタクシは、別の旅人の2人と計4名で寝た。
和室なのでイメージがわかないが、ま、ドミトリーである。
このあたりはちゃんと理解していかないと辛い思いをする。

キッチン。
石垣屋さんは食事とお風呂の提供はしていない。
食事はここで各自つくって食べることになっているが、大体みんなでいっしょにつくり、みんなでちゃぶ台を囲んで「いただきます!」ということになるらしい。
絶えず賑やかでええことなのだ。
お風呂は近所の公衆浴場か、このシリーズの最初に紹介した国民宿舎「関ロッジ」のお風呂を案内しているという。

かまどさんと薪ストーブ。
ちなみに薪ストーブはホームセンターで18000円で購入したものだという。
暖かいのであるが、薪を入れるたびに煙が逆流し、トンデモナイことになる(笑)。

堤さんは、自身が旅の男である。
石垣島からさらに船で渡る、小浜島という美しい島でガイドをしながら暮らしていたこともある。
が、そこがドラマ「ちゅらさん」の舞台となり、一気に観光地化したことから、いったん生まれ故郷の大阪に戻る。
そこで旅先で出会った今の奥さんといっしょに暮らしはじめるが、都会での暮らしに馴染めなかったという。

「ま、馴染めなかったのは、私というより妻でしたけどね。妻は山形出身でずっと旅をしてきたので、
 やはり大阪という町での暮らしが辛かったんでしょうね。
 で、二人で新たに生活していく地を求めて度に出て、ここに出会ったんですよ」

堤さんの話のふんふんと聞いていたワタクシはフト思った。
大阪出身・・・?
じゃ、なぜ石垣屋なの・・・?
その近くの島に暮らしていたことがあるから・・・?

そのワタクシの疑問に堤さんは笑いながら答えてくれた。

「三線を弾いたりするので石垣島出身で、それでこの宿の名前もつけた、ってよく言われますけど違うんです。
 実はこれは肥料屋さんのときの屋号なんですよ」

へえええ、なんとも不思議な偶然である。
やはり縁というのはあるのだなあ。

このあと、ワレワレは関宿の夜を徘徊してさまざまな人に出会うのであるが、その誰もが石垣屋の堤さんのことを大切に思っていた。
ようがんばっとる、ええやつや、という言葉をあちこちで聞いた。
ここで宿をやるに際して苦労はなかったのであろうか。

「実は最初から宿をするつもりでここに来たわけじゃないんですよ。
 まずこの関宿のこの家に暮らしてみて、地域のみなさんにいろいろ意見をお聞きして、みんなから是非やれ、応援する、って言っていただけたのではじめることができたんです。
 この宿に展示してある骨董品やひな人形は、すべて近所の人たちが持ってきてくれたものなんですよ」

取材なので彼に一方的に話を聞いたが、基本的に堤さんは話を聞く人である。
若いのに兄貴というかお父さんのようにお客さんの話を聞く。
みんな彼に話を聞いてもらいたくて、そしていっしょに酒を飲み、笑いたくてここへやってくるのだ。
リピート率がめっぽう高いという理由がわかるような気がする。

家の裏には離れがあり、夏はここにも泊まれるという。
すべての戸を外して昼寝をしたらサイコーだそうな。
それはぜひ試してみたい。

そしてその奥に、堤さんと奥さん、そしてここに引っ越してきてから誕生したお子さんと3人で暮らしている。

連日お客さんが途絶えない人気の宿であれば、プライバシーも確保しておかないと、奥さんも疲れますもんねぇ、とのワタクシの問いに堤さんは、

「いえいえ、妻もお客さんといるのが好きなので、朝ごはんも晩ごはんも基本は宿の方でみんなといっしょにワイワイやってます。
 ま、子どもが小さいんで私のように毎晩遅くまでお付き合いとはいきませんが」

建物も人もステキな宿である。
もうさっさと堤さんとこたつでお酒を呑んじゃいたいがまだ回るべきところがある。
またシリーズ最後に宿に戻るのだ。

さてさて。
いよいよ呑みにいきますか、マツバラ君!

旅人宿 石垣屋
三重県亀山市関町中町445番地
電話 050-1259-2115
HP http://ishigakiya.tyonmage.com/
blog http://ishigakiya.at.webry.info/