第48回『サルシカ隊長レポート』2013年2月

奈良県との県境、松阪市飯高町波瀬で幻境の世界をさまよったサルシカ隊長。
奇跡の生還を果たしたあと、今度は幻のクレソンを求めて国道166号を舞い戻る!

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魅惑と執念が渾然一体となった世界。
原色と異型の風景。

ワタクシは常識という壁に強烈に叩きつけられ、ぼんやりとしていた。
耳の中で小さく「キーン」と金属音がしていた。

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陶芸作家が人生をかけてつくっている巨大な作品『虹の泉』は、それほどにキョーレツだった。
その作品という境界を出ても、世界観が頭から離れず、背後からざわざわと忍び寄る幻想の手からワタクシは逃れるように車を発進させた。

おっとっと!
自分を見失って行き過ぎるところだった。
次の目的は、『虹の泉』のすぐそばだったのだ。

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というわけでやってきたのは、『はぜの風』。

自然に繁殖していたクレソンを波瀬の特産品として積極的に栽培。
アンテナショップとしてクレソン料理を提供するとともに、道の駅などでの販売も行っている。
こちらのオーナーは、北川京子さん。
ワタクシが担当しているテレビ番組でも何度かお世話になっている方だ。

最近、某民放局の『人生の楽園』という番組に出演し、県内外から予約が殺到。
ただでさえ地域の活動やお店で忙しい北川さんは、さらに大変な事態に。

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約束していた時間より早く到着したワタクシは、先にクレソン畑を写真で撮らせてもらおうと、北川さんの了解を取りに店の中へ。
すると北川さんは、

「あらああああああ」
「お久しぶりぃいいいいい」
「きゃあああああああ」

とひとしきり騒ぎ、畑にいくなら自分が案内するという。

「だいじょうぶだいじょうぶ! きょうは予約が入っていないから取材OKにしたんやから! さあいきましょ!!」

というわけで、北川さん自らご案内いただきました。

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ご覧ください!
険しい山々に囲まれ、緑濃くそだったクレソンを!!

波瀬のクレソンは、もともとこの地域に自生していたもの。
地元の人は誰も食べず、やっかいものとして扱われていたそう。

町から移住したきた人が、そのクレソンを見つけて食べたところ、そのうまさに仰天。
それから田んぼを利用して栽培がはじまり、実験的に産直店などで販売していたところ、口コミで人気が高まり、いつの間にか地域を代表する特産品にまでなった。
今では大手デパートや飲食チェーンまでも買い付けにくるらしいが、その生産量の少なさからなかなか供給できず、いまでは幻のクレソンとも呼ばれている。

さあ、ではその幻のクレソンをいただこうではないか!!

・・・と、期待を高めておきつつ、料理の紹介はここではしない。
それは、『M子の地産地消レストラン』で公開の予定である。
ま、許していただきたい。
ごめんね。

ただひとつここで言っておくならば、クレソン畑を見て戻ったら、すでにお店はいっぱいだった。
テレビをみて飛び込みでやってきた家族、そして予約していた家族・・・。
そう、北川さんは予約を忘れていたのだ。

「あああああああああああ!」北川さんは常に慌ただしく店を切り盛りしているのであった(笑)。

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クレソン料理の『はぜの風』を辞去して国道166号を東へ15分ほど走り、道の駅「飯高駅」へとたどり着く。
北川さんのところでクレソンをお土産に買って帰ろうと思ったのだが、あまりに忙しそうだったのと、在庫が足りなくなりそうだったので遠慮したところ、北川さんが、

「それなら道の駅によっていって! クレソンも置いてあるし、あと不思議な縁でこのクレソンと隊長がつながるから!」

と、謎の発言をしたのだ。
不思議な縁でクレソンとワタクシがつながる・・・?
何なのだ、それは。
大いに気になるではないか。
で、道の駅「飯高駅」の産直売り場へと急いだのだが、なんと本日分のクレソンはすでに売り切れ。
国道166号をもっと東へいった道の駅「茶倉」にはまだあるのではないか、という。

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ええい、乗りかかった船だ、とことん行ってやれ、というわけで、お隣飯南町粥見にある道の駅「茶倉」へ。
その名の通りお茶の産地のど真ん中にある道の駅で、茶うどんで有名。
施設自体は小さいが眺めは本当に最高なところである。

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産直売り場へといく。
すると、わずか3つであったが、クレソンが残っていた。
おー、よしよし、と手にすると、生産者シールが目に入った。
「たかお園」と書いてある。
ん? となった。
なぜ『はぜの風』ではないのだ?
しかも、「たかお」って・・・なんか聞いたことないか?

ワタクシが産直売り場で「うむむむむ」となっていると、携帯電話がなった。
なんというタイミングか。
サルシカ隊のメンバーであり、友人である、たかお農機の高尾さんからである。

「あ、隊長、今どこですか?」
「いまどこって・・・たかおさんの家のそばの道の駅だけど」
「あ、まだ通り過ぎてなかったっすね。よかった。はぜの風の北川さんから電話をもらって、たぶん隊長がボクのところに行くはずだから電話してやってくれって・・・」

なんと、クレソンとワタクシとつなぐ不思議な縁とは、たかおさんだったのだ。

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道の駅「茶倉」から車で5分ほど。
国道166号から櫛田川を渡る橋を渡ったすぐところにあるのが、たかお農機店。
近隣のお茶農家の機械の面倒をみる農機具屋さんなのだが、ボランティアで近隣の情報発信をネットでやっている。
また最近では『がんこ市』というイベントを開催し、近くの職人さんたちを集めて市を開き、地域を活性化しようと取り組んでいる。

そしてサルシカ隊の薪ストーブ班のリーダーであり、ワタクシのチェンソーや草刈機の面倒を見てくれているのも、この高尾さんなのである。

「あのクレソンは高尾さんところがつくってるの・」
「親父が(笑)。はぜの風の北川さんにお願いしてクレソンを根分してもらって、飯南でもつくりはじめたんですよ」
「じゃ、この近くにクレソン畑があるの??」
「近くってわけじゃないですけど・・・行ってみますか?」

幻のクレソンを追う旅。
とんでもないサスペンスの旅になってきたのである。

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日本棚田百選にも選ばれた「深野だんだん田」を横目に、石垣の細道をひた走る。
このあたりは松坂牛のふるさとである。
そこを突っ走る。

高尾さんが暮らす集落を越え、登りが落ち着いたかと思ったら、今度は降りる。
いや落ちるといった方がいいような坂道だ。
しかもクネクネと曲がる。
両脇は石垣と田んぼ。
自然いっぱいのジェットコースターだ。

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そして小さな谷あいの田んぼにクレソンがあった。

「ここです・・・」

高尾さんは近いところのクレソンを切り取って見せてくれた。

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「やっぱり波瀬のクレソンのうまさの秘密は・・・水だと思うんですよ。まったく汚れのない山からの湧き水だけで育ててるからあんなに雑味も強い刺激もなく、サラダみたいに食べられるクレソンに育つんだろうと・・・」

なるほどなるほど。

「で、標高はずいぶん低くなりますが、ここ飯南でもキレイな山の湧水ならいいクレソンが育つんじゃないかと思って、北川さんに相談して育ててみたんです」

で、どうなの、味は?

「やっぱり波瀬のクレソンとは少し違います。でもおいしい。サラダとかしゃぶしゃぶでもどんどん食べられますよ」

驚いたことに。
松阪市飯高町波瀬を出発した、幻のクレソンを追う旅は、友である高尾さんのところで終着した。
いま、地域をゲンキにしようとがんばっている人たちはどんどんつながりつつある。
無理なく近くの人と手をつなぎ、それをつなぎあわせ、大きな輪をつくろうとしている。
なんと素晴らしいことだろう。

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「飯南のクレソンはまだまだはじまったばかりですが、標高が高くて出荷期間が短い波瀬のクレソンの補完ができればいいなあと思ってます。
そこからまたちょっとずつがんばって、波瀬にも負けないブランドになればいいなあ、と」

謙虚ながらも力強く。
飯高、飯南のクレソンは育ちつつある。