FM三重『ウィークエンドカフェ』2016年3月26日放送

着物の必需品である「根付」。
巾着や印籠などの提げものの紐にこの根付を取り付けて帯に挟み、落ちてしまうのを防ぐ留め具として使われます。
今回のお客様は伊勢根付の職人、中川忠峰さんと梶浦明日香さんです。
中川さんの作品は、高円宮久子様にも愛されています。
師匠の中川さんの元で梶浦さんは根付について学び、今年は、『現代木彫根付』公募展で優秀賞を受賞されました。
明日香さんがずっと欲しかった賞の受賞です。
日本の伝統文化に触れ合ったことがきっかけで職人の世界に飛び込んだ明日香さん。その魅力はどこにあるのでしょう。

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勢根付の魅力

梶浦 作者と作品って、顔が似るんですよ。
師匠の作品は、その人となりのように、あたたかくてちょっと人懐っこいというか。
動物の顔、例えばネズミでもちょっと優しげであたたかくて可愛らしい、そんな顔つき。
顔がなくても、そういった雰囲気が作品の特徴だと、よく思っています。

もともと私はNHKのキャスターで、『東海の技』という、東海地域の職人さんを紹介するコーナーを担当していました。
さまざまな職人さんと出会っていく中で、「このままでは後継者がいなくなってしまうのでは」という現状を知り、誰かがしっかりと伝えていくような役割を「職人として」発信しなければいけないと感じていたところ、尊敬する師匠に出会いました。
根付の面白さや、根付に込められた細かい装飾の美しさももちろん、そこに日本人が大切にしてきた遊び心や粋な心、四季を楽しむ心に感銘を受けました。
根付は使えば使うほど摩耗していい色になって、価値が増していくんです。
そういう一つのものを大切に使うことで、より年月を経て価値を増していく・・・根付と職人の生き方に憧れて、この世界に入りました。

今、日本で作られた根付のほとんどが外国の人の元へ行っています。
日本人よりも海外の人の方がその価値や芸術性をわかっているようです。
日本人に生まれて、この素晴らしい文化を絶やしてはいけない・・・との思いから、私は伝統工芸を担う若手職人グループ『常若』の代表を務めています。
漆芸、伊勢型紙彫り師、伊勢一刀彫、根付職人、それぞれに新しい職人の姿を
これから、見せてくれると確信しています。

師匠のところにはいつも老若男女にかかわらず、いろいろな人が遊びに来たりしていて、毎日が人に囲まれた贅沢な暮らし。
みんなで助けあって生きているということは、本当の贅沢な暮らしだと思います。
そういう考え方や生き方も含めて学びたいですね。

 

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品に表れる作り手の特徴

中川 このくらいの形とか、おおまかな絵は描きますけど、それ以上は描きません。
常に彫りながらバランスを見ながら・・・というやり方をしています。
作りたいものはいつもありますが、バランスは難しいですね。
突き詰めてずっとやっていると、見え方がおかしくなってくるので、ある程度できたらいったん見えない所に置きます。
そして他のことをしてからまた出してくると、バランスの崩れたところが見えてくる時があるんですね。
なので、一つのものをずっとやるということは、あまり僕はしません。
客観的に見ることが必要。
将棋でも、横から見ている方がよく見えるなんてことがあるじゃないですか。
そういうところの見方が大切だと思います。
以前、仏像を作った時も、顔が完璧にできたと思い、先生に見せたところ、
「中川さん、目が曲がっているよ」と言われてショックを受けたことがあります。
でも見たら、やっぱり曲がっていたのです。
だからやっぱり、突き詰めてやっていくのではなく、離して時間を置くことで、しっかり見えると思いますね。

根付には個性が出ると言いますね。
自分ではそう思っていなくても、人が見るとわかるようですね。
『伊勢志摩木彫会』には根付を作っている人が半数以上いるのですが、僕は誰が作ったものか、すぐにわかります。
それだけ特徴が出るものなんです。
1日で何個も作っていればわかりませんが、1つ作るのに1ヶ月もかかるものとなると、その人の『性』が、すべて入るんです。
この人にはこういうクセがあるとわかっているから、見てわかるんですね。

僕から見た明日香さんのクセは、固まってはいつつも色々な方向性があるので、楽しみだと思います。
僕の根付に関しては、人からよく「あたたかみがある」と言われます。
そんなつもりで作っているわけじゃないのだけど、よく言われますね。

 

人と使う人の知恵比べ

梶浦 本来は巾着を下げるための道具なので、使ってもらえたら一番なのですが、今はほとんどの方がコレクター商品として、集めることが目的になってしまっています。
なので実際に使ってもらっていると聞くと嬉しいですね。
使っているとどんどん深みが増すことを、根付用語で『なれ』というのですが、摩耗してちょっと飴色になった独特の色で、年月を重ねれば重ねるほど、良い色になって、金額としても価値が上がります。
手に取ることのできる美術品・工芸品は、珍しいんですよ。

そもそも根付とは、隠れたおしゃれ。
例えば、ある落語の題材を知っていると、その根付の面白さがわかるとか。
よくよく見ると、本来ならできない彫りがしてあるとか。
職人さん自身はあまり自分から言わないですね。
基本的に、買った人・持っている人が使っているうちに気づくんです。
それは5年後かもしれないし10年後かもしれません。
持っているうちに、
「あれ、これってどうなっているんだろう?」
と思わせる、そこが一番の「粋」かなと思います。

私は「職人と使う人の知恵比べ」と呼んでいるのですが、職人がデザインの中に面白さや技術的な凄さを込めているんですよね。
また、伊勢根付は原料として『朝熊つげ』という、ツゲの中でも『木の宝石』と呼ばれ、堅さと粘りが強いツゲを使うのですが、使う方は気にしていないツヤ・・・日々美しくなっていくのも、「粋」なのかな、と思ったりします。

 

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熊ツゲは世界一の木

中川 朝熊ツゲは堅いけど粘りがあります。
だからこそ細かい細工ができるのですが。
直径6cmくらいになるのに、樹齢として5〜60年位かかります。
九州や御蔵島だとおよそ20年でこの太さになるそうですが、5〜60年で直径が15〜20cmなります。
しかしそれは年輪が荒いということ。
荒いということは、木が柔らかいということ。

梶浦 伊勢のはそれだけ堅くて年輪が詰まっているんです。
使っている時に壊れづらく、ツヤが出てくるのです。

中川 3年か4年以上使っていると、色が変わってきます。
僕が使っているのは、16年。
ツヤツヤです。
たまたま伊勢に生まれて、伊勢で根付を作るようになりましたけど、このツゲは日本一の木、いや世界一の木だと思います。
なかなか手にも入りにくいですが。
ここでは昔から根付といえばツゲと決まっていました。
僕も最初は根付を全然知りませんでした。
僕の師匠は一刀彫をしていた人で、その人に仏像の顔の彫り方を教えてもらうため、1年半ほど通いました。
その時たまたま近くのおじいさんが来て、
「只峰、ツゲの根付を作るんやけど材料あるか?」
みたいなことを言ってきたんですね。
その時まで、ツゲの根付を知らなかったんですよ。
そんな男です(笑)。
今は大きな顔して根付を作っていますけど、根付と出会ったのは38年前。
手の中でできるということもあり、こんな面白いものがあるのかと、独学でちょこちょこ作り始めました。
何かで挟んで作ると思われがちですが、手で持って削るんですよ。
小さくなってくると、圧力を掛けられなくなるので、いかに細かく削るか、ということになります。
僕が得意なのは、『からくりもの』。
クリの実の中に虫が入っていたり、さやの中の小さな豆が揺れていたりと、ちょっと微笑ましいものが多いですね。

しかし独学とは言っても、基礎をきっちりとやることが大切です。
ちょっと覚えると難しい物を作りたくなるのが人間ですが、それでは厚い壁の向こうに行くことはできません。
そこで挫折する人が意外と多いんです。
なので基礎はきっちりやらないと。
計算でもそうですが、足し算引き算、掛け算割り算・・・・方程式まで行こうと思うと、基礎をすることが大事です。