FM三重『ウィークエンドカフェ』2016年7月23日放送

今回は、『2016きほく燈籠祭』実行委員長の米田尚さんをお迎えしました。
昭和3年、赤羽川の川開き行事として数百羽の都鳥型の燈籠を流したのがその始まりといわれる『燈籠祭』。
昭和49年に一度、中断されましたが昭和62年、当時の商工会青年部のみなさんが町に元気を与えようと巨大な燈籠を作り海に浮かべ、花火を打ち上げ、祭りを復活させました。
そんな『きほく燈籠祭』は今年でちょうど30周年。
前実行委員長から米田さんが今年の実行委員長を任命されたのが1月。
次の日から、米田さんの頭の中は燈籠祭のことばかり。
色んな想いが重なってすごいプレッシャーなんです、と米田さん。
でも周りにいる仲間に感謝。
いつも支えてくれたみんなにありがとうでいっぱいです。
今年は7月23日(土)の開催です。

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籠祭で一番大切なのは人とのつながり作り

もともと僕が燈籠祭に関わったのが21〜2歳の頃。
最初は大燈籠に色を吹き付ける作業で、制作部隊の一員として、ずっと塗装をやっていました。
で、何年か続いて、何かしら人が足りないからイベントにまわってくれと言われて。
気がついたらイベントを任されるようになっていました。

燈籠祭は、祭り・花火・大燈籠というイメージがありますが、実行委員会に入るとやはり、一番重要なのが人とのつながり作り。
上や下、横も関係無しで、振り向いた人と普通に話をして、後から名前を聞くみたいな。
次の日はもう普通に話をして、祭りが終わった時には仲良くなっています。
最初はそういうのが目的で参加したわけではありません。
もともとはうちは、車の修理をしたり塗装をする会社なので、父親が塗装班として参加しており、父親が引退するにあたって、燈籠祭の塗装も引き継ぐことになりました。
入った当初は右も左もわからりませんでした。
でも普通に「米田こっち来い」「米田色塗れ」と言われていて、あっという間に下の名前やニックネームで呼んでもらえるようになり、どんどん実行委員会のネットワークに参加するようになりました。

 

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年の大燈籠は『神輿』

今年の大燈籠は『神輿』です。
毎年燈籠祭は7月末に開催され、年が明けた1月頃に新しい実行委員会が立ち上がります。
その年の実行委員会の委員長がみんなを招集して、今度の燈籠祭に関しての会議を行います。
意見が出た中で、多数決をとって決める年もあれば、実行委員長が「これを作りたい」と言って決まる場合もあります。
今年は後者。
「オレ、神輿作りたい!」みたいな(笑)。
そうしたらみんなも賛成してくれたので。
ちょうど今年は30周年という大きな節目。
その年に実行委員会に当たったからには、遠慮したらあかんでしょ、と。
やりきったらええやん!・・・の一言で、サブテーマが『やりきったるじょ』になったという(笑)。
けっこういつも、最初は簡単なもんなんです。
大燈籠も言葉も。
練って練ってという年も確かにありますが、一回それをやってしまうと、どんどんどんどん負のスパイラルにはまり、考えれば考えるほど出てこなくなるんですね。
今年の大燈籠なににするかを決める時は、みんな言いたい放題。
ガンダム作りたいという人もいたり、紀北町のイメージキャラクター『きーほくん』を作りたいという人もいたり。
合体物を作りたいとか。
その中で出たものの中から、みんなが納得できるものに決まります。

 

籠祭は各室長を中心に構成されている

燈籠祭の実行委員会は、全部で5つの室に分かれています。
大燈籠制作室、イベントを考える企画演出室、会場の安全を守る設営室、夏の夜を彩る花火室、あとはイベントに付随する町あかり室。
僕が一番多かったのはイベント関係。
燈籠祭は『班』ではなく『室』に分かれており、イベント室の室長を3回ほどやらせてもらいました。
実行委員長はもちろんプレッシャーがありますが、ぶっちゃけ各室の室長さんが一番大変なんですよ。
本当ならその道のエキスパートでなければならないのに、ズブの素人だったりするわけです。
イベント室長だからといってイベント会社に務めているわけでもありません。
ちなみに今年の企画演出室長は印刷屋さんで、全然イベントとは関係のない仕事です。
室長になった人が声をかけて室員を集めてイベントを考えたり、警備などを考えたり、いろいろやってもらいます。
室長になったらまず、役員会に出てきてもらいます。
僕も経験がありますが、イベントは当日にならないと、何があるかわからないじゃないですか。
これはどの室でもそうなんですが、当日を見据えてプレゼンをします。
しかし最初は全然伝わらないんですね。
他の役員さんもポケッとして聞いていたりするし。
それでも当日がだんだん近づいてきて、資料もかたまり、タイムスケジュールも出てきたりすると、やっと納得してもらえます。
そこに至るまではどの室長さんも本当に苦しんでるんですよ。
資料作りに進行作り、さらにイベント室なら出演者さんへの交渉などもあります。
そういうのも含めて全部、地味に下調べをしながら当日を迎えるわけです。

今年の大燈籠の神輿、重さは6トンになり、迫力満点です。
作っていくうちにどんどん大きくなってしまいました。
みんなで作りあげてきた燈籠祭。
だからこそ、この神輿が登場したときはみんなでかついだ気持ちになってもらいたいですね。

 

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籠祭の花火は『花火室』で考案!

実は『きほく燈籠祭』では日本の中でも、ここでしか見られない花火を上げます。
それは『彩雲孔雀』。
孔雀が色とりどりの羽を空に広げた様子を表現した、豪華で美しい花火です。
紀北町の花火大会の会場が、ちょっと変わった地形をしているので、それを利用しています。
普通の花火大会では花火屋さんにお願いして、職人さんに上げてもらうと思うのですが、この燈籠祭は、花火室で色なども含めた花火のプログラムを考えるんです。
『スターマイン』などの花火プログラムがある中で、スターマインをこんな形で上げてみようとか、海の町ならではの青い色ばかりで打ってみようとか・・・それらも全部、花火室で考えるんです。
一番面白いのがやはり『彩雲孔雀』。
燈籠大仕掛けがあるのですが、これもほぼほぼ毎年花火室で考えられて、打っているんです。
花火室にも役場の職員さんがいたり、メンバーはまちまちです。
花火好きが高じて、花火屋さんに弟子入りして帰ってきたメンバーがいるので、その人がリーダーとなり、みんなを引っ張っていてくれます。

燈籠祭で打ち上げる数は、他の花火大会に比べたら少ないかもしれませんが、内容はどこにも負けていません。
毎年たくさんのカメラマンが来て、花火と大燈籠のセットで撮られますね。
しかし毎年変わる大燈籠と、毎年変わる花火プログラム。
毎年同じシチュエーションなら、一番カメラ的に良いアングルを見つけて撮ってもらおうと思うのですが、大燈籠は船に乗せて動くので、その動いている場所と上がった花火の良い角度が、毎年変わるんです。

 

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去29回までの実行委員会、実行委員長、そしてお母さんたちに感謝

祭りが復活してから30年。
ずっと変わらず祭りのお手伝いをしてくれるみなさんがいます。
大燈籠の布を貼ってくれているお母さんたちには、本当に感謝しています。

今年は僕らの実行委員会の年でもありますが、過去29年間祭りを継続してくれた実行委員会や実行委員長にお応えすべく、という気持ちを込めて、気合を入れてやっています。