第23回「サルシカ隊長レポート」2011年12月

そこはまさに「神々が眠るところ」であった。
マイナスイオンが濃厚にたちこめ、湿った森の匂いが鼻腔に入り込んでくる。
窒息しそうなほどの威圧感。目の前に巨岩が鎮座していた


「もしよかったら神社を見てってください。特に何があるというわけではないんですが、ちょっと趣きはありますんで」

秘境の宿「山里民泊あかくら」を発とうとしたとき、オーナーの中平さんは言った。
せっかくだし、ちょっと回ってくか、と、案内を見つつ、大丹倉へと続く赤倉林道へと入る。

大丹倉は、高さ約300メートルの岩壁である。
流紋岩でできており、それを見上げるのも、そこから見下ろすのも、まさに絶景である。

赤倉林道は、その大丹倉へつながる道なのであるが、しょせん林道である。
Uターン不可、対向不可、なぜだか「ルパンルパンルパンルパン!」と声をあげながら走りたくなる道である(笑)。

その細くクネクネとよじる道を15分ほど走ったところに、ポツリと看板が立っていた。



丹倉神社(あかぐらじんじゃ)。

普通、神社というのは鳥居を抜けて階段を登っていくものである(と思う)。
が、ここは階段を降りる。
しかも急な石の階段。
決してここにハイヒールで行ってはいけない(笑)。



ここは赤倉の人たちだ代々守っていた神社である。
周囲の山もすべて赤倉の自治会が所有していたものであった。

が、前の記事で書いたが、現在、赤倉に暮らすのはわずか数名。
さすがに自治会の運営管理も出来ず、10年以上まえに解散。
赤倉の住民の共有資産・・・つまり自治会所有の山は売却し、そのお金を残った住民でわけることとなった。

しかしその土地を買ったのは、山里民泊の中平さんだった。
決して安くない金額。
けれど、売却する土地には丹倉神社がある。
先祖のみんなが守ってきた神社を、どこの誰かわからない人に売るのは忍びない、と無理をして買った。

だから、丹倉神社は中平さんの個人所有の神社ということになる。
お詣りに来る人はほとんどいないから、当然お賽銭なんかない。
維持管理は中平さんの負担となる。

「ま、でも守っていかんとなあ、せめてワシが生きとるあいだは・・・」

中平さんはそう言って笑っていた。



木立の中にあるこじんまりとした境内。
石灯籠と小さな祠があるのみで、社殿などはない。

大きな岩、木、そしてこの自然すべてが神様だ。



ご神木であろうか。
立派な木がそびえていた。
苔と草が幹をおおい、その緑のうえを水がしたたる。



命の水はこうして生まれいづる・・・。
そんなイメージが浮かび上がる。



毎年11月、ここでは例大祭が行われる。
集落の人だけでなく、外からも人がやってくる。
儀式が行われ、餅が投げられる。



ご神体の巨岩に手を合わせる。
抵抗なく頭をたれることができる。
これは自然への畏怖だ。
自然が神であり、神が自然なのだ。
当然、我々人間も、生き物も、その中に含まれる。



写真/松原豊(写真師マツバラ)  文/奥田裕久(サルシカ隊長)