三重テレビ『ゲンキみえ生き活きリポート』2014年5月18日放送

父・天武(てんむ)天皇により初代斎王として、伊勢の国へと遣わされた『大来皇女』。
都と伊勢を結ぶ交通の要衝であった名張にも残る伝説を、辿ります!

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こちらは名張市にある『夏見廃寺』。
7世紀の末から8世紀の前半に建てられた、古代の寺院跡で、斎王(さいおう)である「大来皇女(おおくのひめみこ)」が発願して建てられたものと言われています。
『大来皇女』は父・天武天皇により、伊勢の国へと遣わされた初代斎王です。


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そんな『大来皇女』をしのび、活動を行っているのが『大来皇女をしのぶ会』
活動のきっかけは平成7年に建てられた、こちらの大来皇女にまつわる歌碑。

『磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど 見すべき君がありといはなくに』

万葉集にも、その歌が残る大来皇女。
この歌碑が建ったことで、大来皇女のことを中心に、名張にまつわる万葉歌や夏見廃寺など郷土の文化・歴史を、広く伝えていこうと活動が始まりました。


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この日、開催されたのは、皇女の足跡をたどりながら古代斎王のミステリーを探る、名付けて『ひめみこウォーク』。

地元の神社を継承した現役の女性神職と交流できる企画もあるとあって、たくさんの参加者が集まりました。


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『大来皇女をしのぶ会』のみなさんが案内したのは、『夏見廃寺展示館』。
大来皇女と深い関係があるとされる、夏見廃寺からの出土品や、大来皇女にまつわる資料などが展示されています。


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そして、館内に展示されていたのは、『大来皇女をしのぶ会』のみなさんが寄贈した古代衣装!
初代斎王であった『大来皇女』が存在したのは、平安時代以前。
そのため、様々な資料を参考にして、斎王制度が発祥した当時の姿を甦らせました。
また、『大来皇女をしのぶ会』では、大来皇女の人生と夏見廃寺の誕生を題材にした絵本を制作。
大来皇女と名張との関わりを、わかりやすくまとめました。


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参加者は、遠くは兵庫県から。近くは地元名張。
今回は、歴史に興味がある人だけでなくウォーキングが好きな人たちも、たくさん参加。
大来皇女が歩いたであろう、そして、訪ねたのではないかと思われる場所を、時代を越えて共に歩きます。


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「私以上に知っている方もいるので、説明が大変です」

「みなさん、とても興味を持っていてくれて。今日は良かったと思います」

「ウォーキングに興味のある方、歴史に興味のある方・・・色んな形での参加がありますね。ウォーキングに興味のある方は、歴史をあまり知らなかいことが多いので、歴史を探訪しながら歩くというのは、とても楽しんでもらっていると思います」

と、メンバーのみなさん。


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およそ2.5kmの道のりを歩いて、『ひめみこウォーク』前半最後の目的地『蛭子神社』に到着。


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今回のイベントの目玉として、地元の神社を継承した3人の女性神職が登場。
参加者との交流会が用意されていました。

大来皇女と同じ、神様に仕える立場の女性たちが、普段なかなか伺い知ることの出来ない世界を紹介しつつ、女性神職の本音トークも展開。

参加者のみなさんは、興味津々の様子で聞き入っていました。


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上から美波多神社の宮司・佐久間みゆきさん、八幡神社宮司・松生典子さん、宇流冨志禰神社禰宜・中森千佳さん。
この企画について、お聞きしました。

佐久間「私自身『大来皇女をしのぶ会』会員であること、この職業であることから、みなさんにいろいろと知ってもらう良い機会だと思いました」

松生「単純に、ありがたいと思います。うちの神社だけでなく、神社全体を知ってもらう良い機会になりますし」

中森「神社というのはみなさんの気持ちで成り立っているので、こうした機会はとても大切だと思います。神社がしていることを知ってもらうことで、みなさんに協力していただけますから」


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最後に『大来皇女をしのぶ会』代表・菅井杏さんにお話をうかがいました。

「1300年前の方(大来皇女)に、直接インタビューはできないので、同じような立場にいる人に、今の言葉で語ってもらいたいと思い、交流会を行いました。
今回は、今まで通り過ぎていた場所にいろんなものがあるということを発見してもらったので、企画は成功だと思います。
今後はさらに、いろいろな角度から、大来皇女や夏見廃寺のことを知ってもらおうと思います」

歴史を知る。学ぶ。そして、身体で感じる。
『大来皇女をしのぶ会』のみなさんの活動は、これから、さらに広がるに違いありません。