今日は、伊勢木綿を唯一、作っていらっしゃる臼井織布へ行ってきました。
伊勢街道沿いにある臼井織布さんは情緒ある佇まいで、タイムスリップしたような気持ちになります。
縁側でゆっくりと臼井社長とおしゃべりタイムです。
臼井社長とお母様にいろいろと柄選びのコツからかっこいい着こなし方を教えてもらいました!
■伊勢木綿をつくる最後の一軒・・・。
伊勢木綿の特徴としてやわらかい糸を使います。
これに技術と特殊な機械が必要なんですが、その技術と機械があるのは、もうウチだけになりました、残念ですが。
同業者はまわりにもたくさんあったんです。
でも、昭和60年代にすべてなくなった。
なぜうちだけが残ったのか。
それはどこの下請けにもならなかったからです。
そのかわり大変でした。
日本橋の問屋や東北、自分たちでずっと売り歩いてきたんですから。
私も日本中の小売店さんを回ってきました。
しかしどんどん売れなくなった。
そのうち一切売れなくなった。
時代でしょうねぇ・・・。
■伊勢木綿は普段使いのもの・・・?
木綿の着物はすべらないので帯がゆるゆるでいい。
だから昔は普段着として使ってきたんです。
寝具用としては最高級品。
でも、今はパジャマや作務衣が3万円超えたら売れない。
本物のいい素材ですが、もう理解してもらえなくなった。
そういう贅沢が許されなくなった・・・。
■なぜ三重が木綿の産地となったのか・・・?
土地が肥沃なんです。
そして前の海でいわしがとれる・・・これが大きな要因でしょうね。
実は綿はめいいっぱい土を肥やさないといいコットンボールをつけない。
なので、いわしを干して肥料にしていたんです。
肥沃な土地、豊かな海、海、そして大きな川がないといい綿がとれないんですよ。
伊勢は幸いそのすべてに恵まれていました。
そこに室町時代末期に、綿が外国から伝わって瞬間的に広まった。
三河や河内もそうですが、伊勢は絹、麻の産地でもあったので、瞬間的に繊維の一大産地となったんです。
■100年前の機織機でつむぐ思い・・・。
現役で使っています。
壊れた直す、自分で直す。
こうして使ってきた。
ときおり博物館の人が見学にくるぐらいです(笑)。
いま木綿が少しずつ見直されてきた。
普段出かけるときに着物を着る人などが増えてきた。
着物を文化として理解してもっと来てもらいたい。
着方、洗い方、知ってほしいですね。