激しく勇壮な三重県津市白塚の祭り「やぶねり」。
ヤマタノオロチ退治を模したという荒々しい行事に隊長は果敢に突入する!!?
「やぶねり」は三重県津市白塚ので行われる、まことに荒々しく、そして勇壮な祭りである。
平日であろうと休日であろうとまったく関係なく、7月11日にきっちりと開催される。
雨や台風なんぞで中止することもない。
港町である白塚の男たちが熱く猛くるう祭りなのである。
「隊長、やぶねりにいきましょうよ」
今回はそう提案してきたのは、写真師マツバラであった。
いつもこの取材の写真を担当してくれている小さなカメラマンである彼は、この白塚の近所の出身で、子どもの時からこの「やぶねり」に親しんできたのだ。
実は、津市を代表する暴れんぼう祭りはもうひとつある。
河芸で行われる「ざるやぶり」。
こちらはワタクシが子供の頃、父に連れられて見たことがある。
が、「やぶねり」は噂こそ聞くものの、体験したことも見たこともなかった。
「いこうではないか!!」
ワタクシはバシッと膝を叩いて立ち上がったのである。
「男たちが熱くうねり、激しくぶつかり合う祭にワレワレも身を投じようではないか!!! ワハハハハハ!!」
なぜか胸を張り、腰に手を当て、あさっての方向をみながら高笑いしたのであった。
「やぶねり」は、白塚の八雲神社の祭礼である。
祭神スサノオノミコトが、ヤマタノオロチを退治する様子を模した祭りと言われている。
青竹を束ねつらねた約10間の長さ「やぶ」を若者たちがかついで神社から町内へと繰り出し、練る。
練りまくる。
押し合いへし合い、ヘイヘイヘイである(笑)。
写真師マツバラとワタクシは、祭がはじまる夕暮れに白塚に到着。
幾本もの「やぶ」は、まだ境内で眠っていた。
この日。
ワタクシは覚悟を決めて男たちの練りの中に飛び込むつもりであった。
が、飛び込むどころか、まともに歩ける状態でなかった。
取材の1週間ほど前にあろうことか痛風の発作を初めて発症してしまい、激痛状態は脱したものの、まだ足をかなり引きずらねばならぬ状態であったのだ。
「今回はもう隊長はいいから。うしろの方で見ててくれたらいいから」
写真師マツバラの声はやさしいが、もうまるでワタクシのことを邪魔者扱いなのである
「やぶねり」がはじまる7時前になると、八雲神社のまえはおじいちゃんおばあちゃん、そして小中学生の姿でいっぱいになった。
屋台は3つほどしか出ていないが、祭りの雰囲気は十分である。
そして遠くから男たちの掛け声が聞こえた。
祭りの歌である。
「やぶねり」は3つの地区に分かれて練られる。
30分おきに各地域から男たちがやってきて、神社でお祓いを受ける。
そして、やぶを持ってそれぞれの地域へと戻って練るのである。
清めの酒も豪快である。
代表の男が酒を口に含み、みんなに吹きかける。
酒を浴びた男たちからは湯気が立つようだ。
ふつふつと煮えたぎる祭りの血潮を歯ぎしりするように押さえ込んでいる。
しずかに「やぶ」を持ち、町へと繰り出す。
まだ静かに。
まだ耐えて。
静かに。
静かに。
そして町内のポイントにつくと、マグマのようにたまっていたエネルギーが一気に炸裂する。
「おりゃあああああああ!」
「もっと押せぇ!!!」
「やぶをあげんかい、おらあ!!」
やぶを持つ男たちが右へ左へ、ぶつかる。
壁に打ち付けられる。
家の前には丸太で防壁がつくられているが、その丸太がしなるほどの勢い。
建物の2階からは熱を冷まそうと、どんどん水がかけられる。
最初、ワタクシは写真師マツバラと共に練りのそばにいた。
が、練りが急にワタクシの方へと突進してくる。
「隊長、逃げてぇ!!」
写真師、マジで叫ぶ。
「な、な、な、なんなのだ、これは!! ひえええええ、巻き込まれたら死ぬぅ!!!」
ワタクシは足をひきずりながらも必死に走り、防護柵の外へと出た。
今回の取材はまさに命がけなのだ。
実はこのあと、練りの中で写真師の姿を見失い、あらまどこへ行ったのだ、と、ついつい中に入り込んだのだ。
練りはかなり遠くの角で行われていて、フラッシュの光がまたたいていた。
きっとあの中に写真師もいるのだろうと思って、そちらの方へ向かおうとすると、またもや練りは獲物を狙うヘビのように、水のように早く細い路地をワタクシめがけて流れてきた。
「ああああ、ダメダメ、痛風なのボク、足痛いのボク〜」
なんて声はものの見事にかき消され、ワタクシは練りの中に飲み込まれた。
さらば、妻よ娘よ!
ワタクシは男たちの裸の群れの中に走馬灯を見た。
思えばはかない人生であった。
こうして裸の男たちにもまれ、痛風の足を引きずりながら死んでいくとは・・・なんという無常か!
ああ、ああ・・・。
が、ワタクシは奇跡的に練りこまれることなく、横へ弾かれた。
そして丸太の柵をするりとくぐって外へ逃げた。
はあはあ。
とにかく足が痛かった。
それにしてもこのエネルギーはなんなのであろうか。
何が男たちをここまで燃え上がらせるのか。
炸裂させるのか。
子どもたちの練りもあるが、こちらも大人がついて、「おりゃああああ」「もっとやぶをあげんかい、こらああああ」なんてやっている。
見守る親たちも、「おらもっといけぇ」「いったれぇ!!」とこんな感じである。
この「やぶねり」のエネルギーは、こうして白塚の人たちのDNAの中に刻まれていくに違いない。
練りが終わった男たちは、本当に清々しい顔をしている。
練りに練られてボロボロになったやぶをみんなで抱え、海へと向かう。
八雲神社からおよそ1キロ。
みんなで声をあげ、疲れた果てた身体にムチを入れつつ歩く。
そして照明もなにもない海へと出る。
この日は満月がぼんやりと空に浮かんでいた。
月光が輝く海へ、男たちはやぶを抱きかかえて入っていく。
そして声をあげ、最後の力を振り絞り、海へと還す。
これで終わり。
しばらくワタクシは海辺から動けなかった。
足が痛かったのもある。
が、目の前で繰り広げられた勇壮な祭りに呆然としていた。
頭がぼうっとしていた。
しばらく酒を飲んでいなかったが、今晩は飲むだろうな。
そしてうまいだろうな。
そう思いつつ、八雲神社へと戻った。
写真:松原 豊