第163回『サルシカ隊長レポート』2017年6月

発作的にはじまった「サルシカ隊長のふと立ち寄ってみたシリーズ」。第2弾は前回の松阪「泉の森」のすぐ近く、美濃田大仏を探し求める。

 

えー、実はこのレポートは、前回の松阪の「泉の森」のすぐあとに立ち寄ったところである。
妖精や天使がいる森の泉ちゃんを勝手に想像していたわたくしが完全に悪いのであるが、まあ見事に期待を裏切られ、こんな思いつきの企画はやるもんじゃないなと思いつつ家に帰ろうとしていたところで、また「おお!」となる看板を発見したのである。

 

 

その看板を発見したのは、三重県松阪市。
松阪ICから松阪市街へと向かう県道59号と147号が交差するところである。

 

 

発見した看板がこちら!
「美濃田(みのだ)大仏」とある。

大仏!
ホントか!?
松阪に大仏なんてあったのか!?

奈良や鎌倉には確かにあるけれど、あんなのあったら目立つではないか。
屋外にあれば、それこそ頭がどこからでも見えるだろうし、屋内にあるならばそれこそ大きな建物が必要であろう。
三重県をうろうろしまくっているわたくしがなぜこれまで気づかないのか。
そんなの見かけたこともないのだ。

 

 

というわけで、さっそく行ってみることに。
看板に従い、国道59号から147号に入る。

先に大仏らしきものは見えない。
大仏が隠れているようなところも見当たらない。

あ、ひょっとしたら、寝転んでいる大仏であろうか。
それとも小さな大仏であろうか。
いやいや、大仏は大きいから大仏であって、小さければただの仏像だ(笑)。

 

 

鎮守の森らしき茂みを発見。
敏太神社(みぬだじんじゃ)。
いかにも大仏様がいらっしゃるような雰囲気であるが、神社に仏様はおらぬ。

「ああ、また看板に惑わされ、ぐるぐるえんえんあちこち探しまくるのか・・・」

と思っていたら、その神社のまえにてある看板を発見!

 

 

おおおおお、大仏さまだ!!

腕がびょーんと伸びちゃってるけど、
酒を飲んでるのか顔も身体も真っ赤だけれど、
一番下に「美濃田大仏パワースポット」と書いてあるではないか!!

なんとパワースポットであるのだ!

 

 

神社の先にうどん屋さん発見。
ここはここで気になるけれど、このときはもうお腹がいっぱいだったので、こちらの訪問は次回。
案内に従って左折し、坂をのぼっていく・・・。

 

 

すると、どどーんと大きな寺院(?)を発見。
この中に美濃田の大仏さんはいらっしゃるのであろうか。

 

 

で、覗いてみると・・・・・

 

 

おおおお!
いらっしゃましたよ〜!!!

なんと美濃田の大仏は 市指定有形文化財!
高さ3メートルの銅像阿弥陀如来像なのである!!

 

 

銅造阿弥陀如来坐像 (美濃田大仏)
(どうぞうあみだにょらいざぞう)

 大仏殿に安置された上品上生の定印を結ぶ、地方には珍しい大仏で、元文2年(1737)ごろの作と考えられる。像の左膝部には「紀州粉河住 蜂屋平右衛門正勝」と製作者の名前が陽刻されている。
 この大仏は、隣接地の敏太神社の八幡宮の本地仏として真楽寺三世静室素住と地元の中川清左衛門とが協力して造立している。真楽寺には、造像資金を集めるため、享保14年(1729)より3ヶ年間、市場庄町の参宮街道端へ小屋懸けし、そこに丈六の絵像をかけ、真楽寺の弟子たちが詰めて、往来する旅人から喜捨を得たい旨、関係筋へ願い出たそのときの文書が残っている。
 なお、明治初年、廃仏毀釈により大仏は一時真楽寺へ移されたが、明治9年有志が台座を新造して現位置へ大仏をもどしている。

 

 

美濃田大仏についての解説はこちらのページを参考にすると、非常にわかりやすいと思うので、リンクを貼っておこう。

まさかのまつさか/美濃田大仏

 

 

わたくしは知らなかったが、松阪に暮らす人にとっては非常に馴染みのある大仏さんのようで、小学校の遠足でいった・・・という人も結構いた。
近くにある立ち寄りスポット・・・・。
これからもどんどん紹介していきたい。